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| まず、最初に目指したものは、経営難の孤児院にすし詰め状態で暮らす子供たちの救済と、10年前のハリケーン・ミッチで家を失った近隣の村、シエテ・デ・アブリルの70余世帯すべてが清潔で少なくとも乾いた床に寝られる家を建てること。目的が定まると、あとは実現のための手順を全力で進めていく。まず、SHHを正式なノンプロフィット慈善団体として登録し、寄付金を寄せてくれた人たちが税金の控除を受けられるようにする。2006年には、メリーワシントン大学と地元の人々の協力を得て寄付金を募るウォークソンを実現。シンの行動が地元慈善活動家ドリス・バフェット女史の心を動かし、ウォークソンで集まった寄付金と同額の寄付を寄せてくれると言う力強い支持を受け、結果としてこのイベントでは総額15万ドル近くの寄付を集めることに成功した。 |
| さらに翌年のウォークソンでは、ドリスが新たなチャレンジをSHHに課して来た。「10万ドルの寄付をSHHが自力で集められたら、同額を寄付する。ただし10万ドルに満たなかったら、この話自体が無し。」というのだ。もちろんその条件の底辺に流れる、ドリスの深い理解とSHHならできるという期待を感じたシンとメンバーたち。学生だからこその行動力、柔軟性、創造力、ネットワーク、そして大学を通じてアクセスできるありとあらゆるリソースを駆使して、見事11万ドルを集め、その熱意を証明することに成功した。こうして活動を始めてから現在までに学生団体としてはほぼ前代未聞の80万ドルという寄付金を募ることに成功してきた。 |
| アメリカでの活発な募金活動と平行して、シエテ・デ・アブリルのダンボールの家に暮らす村の人々に念願の家を建設するために、学生や卒業生からなるメンバーが夏や春の休みを使って可能な限り現地に渡り、実際にスコップや金槌を手に、村人たちとともに汗を流している。SHHは単純に物資や金銭をシエテ・デ・アブリルの人々に手渡すことはしない。こうしてともに働く傍ら、学生ならではの柔軟な視点がとらえた本当のニーズに貴重な資金は投入される。それはたとえば子供たちの学校や、日々の基盤になる家、清潔な水道設備、高等教育を受ける奨学金、職業訓練などと言った、村の人々が自分たちの力で今の終わりなき貧困生活から抜け出す道を作るためのニーズなのである。 |
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"At the end of the day, you're not going to save the whole world, but what I can do is at least do my best to help what's in front of me." 「結局のところ、世界中を救うことは無理かもね。 でもね、だからこそ僕は、たった今、目の前にあることを一つ一つ全力でやっていくだけ。」 SHHの活動で再建したコプローム児童養護施設。 |
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